2009年07月28日

井上義裕さん

井上義裕さんが亡くなった。井上義裕さんはトップレベルの熱気球パイロットだったがもう会えない。

九州自動車道をワゴン車で走行中に土砂に飲まれた。
妻の井上水子(みなこ)さんも一緒だった。

井上義裕さんは秋に佐賀市である日本選手権出場を控えていたらしい。

一般的にあまり馴染みのない熱気球だが、こういう悲しい事故が起こった瞬間は一気に注目を浴びる。

井上義裕さんのプロフィールはインターネット上に見あたらないが、おそらく人生の多くを熱気球に向けてきたのだろう。

井上義裕さんと井上水子さんの冥福を祈る。
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posted by syain at 07:22 | 大阪 ☁ | Comment(3) | とにかく気になる
この記事へのコメント
お二人は小学校の先生で
人間味のあるすてきな先生でした

魅力的な人だった ということ、
ひとときの注目やとしても
誰かが知る機会になったなら

忙しく過ぎる毎日の中で
いつか薄れてしてしまったとしても
出逢いに繋がったことは、
不幸ばかりではないと思えるかも


とても心の苦しい知らせでした

ご冥福をお祈りします
Posted by 志帆 at 2009年09月13日 12:16
僕の小学校だったときの担任でした。
たまに厳しかったこともありますが、いつも笑っていた印象があります。
先生が給食のご飯のあまりでつくって下さったおにぎりが印象的でした。

ご冥福をお祈りします
Posted by at 2009年10月13日 00:01
いま小学校のアルバムを開けていて
科学クラブの井上先生って今元気かなーっと調べていました。
初対面は僕が5年生で、井上先生は教育実習生で算数を教えてくれました。
科学クラブの時はビニール袋にアルコールを染み込ませた綿でバルーンを作って飛ばすのがとても強く印象に残っています。(なぜかというと、児童の一人が井上先生が絶対に紐から手を離すな!と行っていたにも関わらず紐から手を話、バルーンが燃焼したまま飛んでいき先生が大変怒ったためです、結果的に消火して事なきを得ました)

そして調べてみると気球に乗る人としって、一気に記憶と結びつきました。ああ、あの実験は先生の選手としての知識と経験を僕らに教えてくれたのかー、と思いました。
さらに調べてこの記事にたどり着きました・・。
ご冥福をお祈りします。小学生の時は大変お世話になりました。そして、この思い出はいつまでも忘れません。ありがとうございました。
Posted by たけうち at 2014年05月24日 06:06
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